2009年06月26日

産出場所での分類では油田地帯で

産出場所での分類では油田地帯で出るものは油田ガス、石油系天然ガスと呼ばれ、炭田地帯では炭田ガス、炭層ガスと呼ばれ、遊離型ガス鉱床では水溶性ガスと呼ばれる。

ガス田からのガス田ガスは「乾性ガス」とも呼ばれ、メタンが85%-95%と主体を占めその他のエタン、プロパン、ブタンなどは比較的少ない。ガス田ガスは液化されてガス田由来のLNGとなる。このような天然ガス鉱床は遊離性ガス鉱床と呼ばれる[3]。

油田地帯から出る油田ガスは、10-15m?のガスから1リットル程度のガソリンが採取できるため「湿性ガス」とも呼ばれ、幅広い組成を持つこのガスは中東地帯などでの産出では従来はすぐにガスフレアによって破棄されていたもので、21世紀初頭現在はこれも液化によって回収されている。この湿性ガスはメタン成分が多ければ液化されて油田由来のLNGとなり、少ない時はLNGの原料ではなくLPGの原料となる石油ガスであり液化されてLPGとなる。このような天然ガス鉱床は油溶解性ガス鉱床と呼ばれる[3]。 また、原油の精製プラントから生まれるガスは「精製ガス」と呼ばれ、液化されてLPGとなる[1]。
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燃焼したときの二酸化炭素排出量はカロリー当りで、石油より少ない。ただし、主成分であるメタンの地球温暖化係数は、「21」と大きいため、大気への放出は避ける必要がある。

天然ガスを採掘するガス用の井戸を「採ガス井」と呼び、液体の原油を生産する「油井」「油生産井」「採油井」と区別される。採ガス井は一般に原油用の井戸に比べてクリスマスツリーなど、使用される機器類の耐圧が高く設計されているために、大きくなる傾向がある。これは、天然ガスの存在する地層が油田に比べて深く、また、液体と気体では地下の高圧力環境から地上にまで持ち上げられた時の圧力が大きく異なる為でもある[3]。

2009年06月10日

チバ・ゲスト・シンポジウムの提言を受けて1962年

アメリカ学派は、チバ・ゲスト・シンポジウムの提言を受けて1962年アメリカ胸部疾患学会 (ATS) において慢性気管支炎、肺気腫、気管支喘息の三つの異同について討論し[10]、慢性気管支炎はイギリス学派と同様に臨床像により決定される疾患であること、肺気腫は主に病理形態学的な概念であることが確認されたが、肺気腫の臨床的側面について言及し、また上記三疾患を独立した疾患とするなど概念の完全な統一には至らなかった。その後イギリス学派のフレッチャーとアメリカ学派のバロウズらによる共同研究が行われ[11]、肺気腫・慢性気管支炎(および気管支喘息の一部)を包括した概念として「COPD chronic obstructive pulmonary disease 」[12]、「COLD chronic obstructive lung disease 」[13]といった用語が提唱され、またその他「CAO chronic airflow obstruction 」「CAL chronic airflow limitation 」などの用語も提案された。1965年アメリカ胸部疾患学会は、慢性びまん性の気流制限をきたす疾患を「COLD」と呼び、A型、B型、および分類不能のX型に分類した[14]。

ATSによる慢性閉塞性肺疾患の分類(1965年)
A型 - 肺気腫型、赤やせ型 (pink puffer) ともいう。チアノーゼはなく、痰は粘液性で少量。
B型 - 慢性気管支炎型、青ぶとり型 (blue bloater) ともいう。チアノーゼを呈し、多量の膿性痰が出る。
化学物質過敏症
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スキンケア
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材料科学
システム工学
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遺伝子疾患
食品添加物
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バレーボール
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1968年気流制限やガス交換は径2mm以下の末梢気道病変によることが示され[15]、COPDの病態として細気管支領域の病変が重視されるようになった。1975年アメリカ胸部疾患学会 (ATS) とアメリカ胸部医師会 (ACCP) の合同会議において気管支喘息は(オーバーラップはあるものの)COPDから切り離され、また末梢気道病変(細気管支炎)がCOPDの病態に関係することが指摘され、現在のCOPDの概念の基礎ができた。その後、慢性気管支炎にみられる気道分泌過多や気道感染は気流制限には関与しないこと、気流制限は末梢気道病変が関与するのに対し気道分泌過多は中枢気道病変が関与すること、気道分泌過多と気流制限は両者とも主に喫煙によるものであるが、その二つには相関がないことが示され、痰の分泌過多から感染をきたし、感染により進行して気流制限を呈するようになる、という慢性気管支炎の病期のプロセスは否定された[16]。末梢気道病変の重要性に関する知見が集積されてきたことにより、COPDの概念に見直しが迫られ、1986年ATSは、COPDと気管支喘息の診断と治療に関する声明を発表した[17]。ここでCOPDは非可逆的な気流制限であること、COPDには肺気腫、慢性気管支炎、末梢気道病変 (peripheral airway disease) の3つが含まれることが記載された。

また、疫学調査等からCOPD患者、COPD予備軍が非常に多く、世界の死亡者数の上位を占めることが示され、1990年代世界各国でCOPDの診断、治療、予防のガイドラインが出された。日本においても、日本呼吸器学会が1999年「COPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断と治療のためのガイドライン」を発表した。 さらに1997年、WHOとNHLBI、NIH は、全世界的なCOPDの予防と治療を目的として、GOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease、慢性閉塞性肺疾患に対するグローバルイニシアチブ)という国際機関を発足させ、 2001年COPDガイドライン[2]を発表した。ここでは従来のガイドラインと違い、COPDを肺気腫、慢性気管支炎、末梢気道病変などの個々の疾患概念に分類したり異同を論じたりすることはせず、COPDを一つの疾患単位として扱うようになった。

2009年06月07日

鋼(はがね、こう、Steel)とは鉄を主成分

鋼(はがね、こう、Steel)とは鉄を主成分にする合金を指し、鉄の持つ性能(強度、靭性、磁性、耐熱性など)を人工的に高めたものである。成分的には、鉄の性能が高められていない軟鉄や鋳鉄を除外するために、炭素の含有が0.3%?2%以下のものの総称である。ただし、0.3%以下でも高合金である、ステンレス、耐熱鋼なども鋼の範疇となる。軟鉄や鋳鉄とあわせて鉄鋼(てっこう)とも呼ばれ、鋼でできた材料を鋼材(こうざい)、板状の鋼材を鋼板(こうはん)と呼ぶ。 「はがね」の語源は日本語においては「刃金」である。これは日本の文化において鋼の概念が確立したことが、日本刀あるいは武士の文化と関係している。

英語の発音である「スチール」という言い方もあるが、「盗む」のスチール(steal)と発音が同じなので、商用の言葉にはなり難い。一方で鋼はその頑強さからしばしばイメージで語られることがある。英語圏ではマン・オブ・スティールはスーパーマンの通称で知られており、名字としてはロシア語で「鋼鉄の人」を意味する独裁者ヨシフ・スターリンを指す。
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鋼(はがね)の語源は、刃物に使用されるために作られた金属を意味する「刃金(はがね)」であり、それ以外も含めて鉄鋼材はすべて鍛えた鉄という意味で「鍛鉄(たんてつ)」と呼んだ。それは鉄器時代の大半が、刃物や工具など、現在でいう特殊鋼用途に鉄鋼が使われ、構造部材へ鉄鋼が大体的に使われるのは産業革命以降であることと関係する。現在では、刃物専用以外の鋼材も含めて精錬技術によって造られた鉄鋼材全般を鋼(はがね)・鋼鉄(こうてつ)と呼ぶ。また、錬鉄、鋳鉄などを含めて鉄鋼あるいは鉄鋼材料と呼ぶ。一般に鋼とは、鉄に炭素が重量比0.3-2.0%(mass%)程度混ざった合金であり、鉄器時代にはそれを鍛造段階で軟鉄に接合して刃物が製作されていた。したがって鋼とは、一般に鉄とは異なり、硬い刃先を形成している物質を指していた。ここを原点にさまざまな鉄合金が発達し、そのつど鋼の定義は拡大解釈されて現在に至っている。鉄鋼はドイツ語の "Eisen und Stahl" もしくは英語の "Iron and steel" の訳が語源とされているが、日本で最初に「鉄鋼」という呼び名が使われたのは雲伯鉄鋼合資会社(現・日立金属安来工場)の社名が原点とされている[要出典]。雲伯鉄鋼合資会社による鉄鋼製品の源流は「たたら製鉄」であるが、ここでいう「鉄鋼」とは新案特許「製鋼法」(明治39年取得)からなる錬鉄をさす。その内容は、?銑と市販鉄屑(スクラップ)を混じ火窪で融体とする。?石灰石で脱燐と左下(脱炭)を行う。?汽鎚鍛伸、包丁鉄とする、といったものであった。すなわち、国内で言う鉄鋼製品とは雲伯鉄鋼合資会社からなる新特許法の錬鉄(伊部式包丁鉄と云う)が出発となる。

鋼は、錆びやすいという欠点はあるものの、炭素含有量や熱処理の仕方によって、材料強度や耐食性、耐熱性、磁気特性、熱膨張率などを変えることが可能である。鋼と呼ばれないものには、鋳鉄、錬鉄などがある。これは使い勝手から来る要求性能よりも作り勝手を重視しているからである。語感からいうと、熱処理などによって優れた強度・硬度をもつものを鋼と呼ぶように認識されがちなのは、その原義が日本語では刃物の金=刃金=鋼であり、漢字としても強く硬い(剛い)金=鋼という昔からの概念に、近代の合金という意味合いを重ね合わせたためである。この古い概念に相当する鋼は、金属組織学上マルテンサイト組織と呼ばれ、その状態はもっとも強靭な状態である。

2009年04月24日

入浴という行為

16世紀から19世紀までのヨーロッパ(特にフランス)では、風呂に入ると病気になりやすいと信じられたため、入浴という行為が一般的でなく(国王ですら一生で3回しか入浴しなかったという記録がある)、そのための体臭消しとして発達していった。また、なめし革の臭いを取るためにも使われた。

香水を作るにはアルコールが必要であったので、香水が作られるようになったのはアラビアでアルコールの製造法が発見されてからである。それまでは油脂に香りを吸着させた香油やポマードが使用されていた。14世紀にハンガリー王室で使用された、ローズマリーを原料としたもの(ハンガリアンウォーター)が最初の香水とされる。その後、ルネサンス期のイタリアで発展し、ヨーロッパ各地に広まっていった。

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一説によると、香水はクレオパトラが使用した匂い消しの水に起源があるとされる。しかしこれを実証する証拠は今のところない。

ひとつの香水には平均して50?200種類もの香料が含まれている。更に、それらの香料はまた何百という香りを構成する成分からなっている。莫大な種類の成分が複雑に組み合わされることで香りが出来上がるため、その成り立ちの面から見ると、似た香りはないといえる。

基本的に、天然の香料はその希少性から高価であるため、化学的な調香もよく行われる。

天然香料
植物性香料:花、葉、果実、樹皮、根などを原料にする。
動物性香料:動物の生殖腺分泌物等から。ムスク(麝香、ジャコウジカ)、シベット(霊猫香、ジャコウネコ)、アンバーグリス(龍涎香、マッコウクジラの腸内結石)、カストリウム(海狸香、ビーバー)、ジャコウネズミの5種が知られており、シベットのみエチオピア産の天然香料が使われることがある。それ以外は、現在ではほぼ合成へ移行している。
合成香料
合成香料:自然界の香りの成分を分析し、同じ構造の化合物を原料から化学的に合成する。あるいは天然には無いものを合成する(例: 白檀の天然香料はサンタロールという物質であるが、非常に稀少であり合成も難しい。そのため、イソカンフィルシクロヘキサノール、フランスのジヴォダン(Givaudan)社が開発したサンダロア、スイスのフィルメニッヒ(Firmenich)社が開発したポリサントールなどの物質が用いられている)。
単離香料:天然の香料から成分を部分的に分離させる(例:ハッカからメントールを造るのがこの方法)。

2009年04月22日

家制度(いえせいど)

家制度(いえせいど)とは、1898年(明治31年)に制定された民法(以降、旧民法という)において採用された家族制度であり、親族関係のある者のうち更に狭い範囲の者を、戸主と家族として一つの家に属させ、戸主に家の統率権限を与えていた制度である。江戸時代に発達した武士階級の家父長制的な家族制度を基にしている。

日本国憲法の制定に合わせて1947年(昭和22年)年に民法の大改正が行われ、親族編・相続編が根本的に改められたことにより、家制度は終了した。

家は、戸主と家族から構成される。戸主は家の統率者であり、家族は家を構成する者のうち戸主でない者をいう。

一つの家は一つの戸籍に登録される。つまり、同じ家に属するか否かの証明は、その家の戸籍に記載されている者であるか否かにより行われた。このことから、民法の条文の「父ノ家ニ入ル」「家ヲ去リタル」という(当時の)表現は、戸籍の面からは、それぞれ「父の家の戸籍に入籍する」「家の戸籍から除籍された」ことを意味する。

なお、戸籍を管理するための法律として、旧民法に代わり1947年(昭和22年)に施行された戸籍法では、三代以上の親族が同一戸籍に記載されない制度になっている(三代戸籍の禁止)が、家制度においては家の構成員は二代に限られなかったので、戸籍上も制約はなかった。

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戸主
戸主は、家の統率者としての身分を持つ者であり戸籍上は筆頭に記載された。このため、戸籍の特定は戸主の氏名と本籍で行われることになる。


戸主権・戸主の義務
戸主は、家の統率者として家族に対する扶養義務を負う(ただし、配偶者、直系卑属、直系尊属による扶養義務のほうが優先)ほか、主に以下のような権能(戸主権)を有していた。

家族の婚姻・養子縁組に対する同意権(旧民法750条)
家族の入籍又は去家に対する同意権(ただし、法律上当然に入籍・除籍が生じる場合を除く)(旧民法735条・737条・738条)
家族の居所指定権(旧民法749条)
家籍から排除する権利
家族の入籍を拒否する権利
戸主の同意を得ずに婚姻・養子縁組した者の復籍拒絶(旧民法741条2・735条)
家族の私生児・庶子の入籍の拒否(旧民法735条)
親族入籍の拒否(旧民法737条)
引取入籍の拒否(旧民法738条)
家族を家から排除する(離籍)権利(ただし未成年者と推定家督相続人は離籍できない)
居所の指定に従わない家族の離籍(旧民法749条)
戸主の同意を得ずに婚姻・養子縁組した者の離籍(旧民法750条)

女戸主
戸主は男性であることが原則であるが、女性であっても家督相続や庶子・私生児などによる一家創立など、女戸主もあり得た。しかし男戸主に比べ、いくつかの差があった。

隠居するには、年齢その他の要件を満たしている必要があるが、女戸主の場合は年齢要件を満たす必要がない(旧民法755条)
戸主が婚姻して他家に入るには、女戸主の家に婚姻で入る場合と婿養子縁組(婚姻と妻の親との養子縁組を同時に行うこと)に限られたが、女戸主が婚姻するためであれば裁判所の許可を得て隠居・廃家ができた(旧民法754条)
婚姻により夫が女戸主の家に入る(入夫婚姻)際、当事者の反対意志表示が無い限り入夫が戸主となった(旧民法736条)。ただし1914年(大正3年)以降の戸籍法では、入夫婚姻の届書に入夫が戸主となる旨を記載しなければ、女戸主が継続する扱いであった。
これらの扱いは、女性は家の管理者には適さず、男戸主を原則としたいという考えによるものである。

戸主の地位の承継(家督相続)
戸主の地位は、戸主の財産権とともに家督相続という制度により承継される。相続の一形態であるが、前戸主から新戸主へ全ての財産権利が譲り渡される単独相続である点が現在の民法と大きく異なる。

家督相続は次の場合に行われる

戸主が死亡したとき
戸主が隠居したとき
戸主自身が婚姻し別戸籍に去ったとき
女戸主が入夫婚姻を行い夫に戸主を譲るとき
入夫婚姻により戸主となった夫が離婚により戸籍を出るとき
戸主が日本国籍を失ったとき
家督相続人(新戸主)となる者は、旧戸主と同じ家に属する者(家族)の中から、男女・嫡出子庶子・長幼の順で決められた上位の者、被相続人(旧戸主)により指定された者、旧戸主の父母や親族会により選定された者などの順位で決めることになっていたが、通常は長男が家督相続人として戸主の地位を承継した。

家の設立・消滅
新たに家が設立される形態として分家、廃絶家再興、一家創立が、家が消滅する形態として廃家、絶家がある。

分家
ある家に属する家族が、その意思に基づき、その家から分離して新たに家を設立することをいう。本家の統率の観点から、分家するためには戸主の同意が必要とされた。分家する際には分家者の妻および直系卑属およびその妻が分家と共に新たなに入ることができる。ただし夫婦同籍の原則があるため、分家者の妻と、直系卑属が新たな家に入るときの妻はかならず共に移動することになる。

廃絶家再興
廃家・絶家した家を、縁故者が戸主となり再興すること。廃絶家再興の主な要件は次のとおりである。
家族は戸主の同意を得て廃絶した本家、分家、同家その他親族の家を再興することができる(旧民法743条)
法定推定家督相続人や戸主の妻、女戸主の入夫は廃絶家がその本家である場合に限って再興することができる(旧民法744条)
新たに家を立てた者に関しては自由に廃家して、本家、分家、同家その他親族の家を再興することができる(旧民法762条)
家督相続によって戸主となった者は廃絶家がその本家である場合に限って裁判所の許可を得て現在の家を廃家したうえ本家を再興することができる(旧民法762条)
離婚または離縁によって実家に復籍すべき者が実家の廃絶によって復籍することができない場合には再興することができる(旧民法740条)
廃絶家の再興は市町村長に届け出ることを要する(旧戸籍法164条)
再興した者はその家の戸主となり廃絶家の氏を称するが、廃絶家前の財産など各種の権利を引き継ぐ訳ではないため、単に家の名を残し、本家と分家といった家系を残す程度の効果しかない。

一家創立
家督相続や分家とは異なり、新たに戸主になる者の意思とは無関係に、法律の規定により当然に家が設立される場合をいう。
一家創立は次の場合に生じる
子供の父母が共に分からないとき(旧民法733条3)
非嫡出子が、戸主の同意が得られずに、父母の家に入ることができなかったとき(旧民法735条2)
婚姻・養子縁組をした者が離婚・養子離縁をした際に、復籍するはずの家が廃家や絶家により無くなっていたとき(旧民法740条)
戸主の同意を得ずに婚姻・養子縁組をした者が離婚・養子離縁した際に、復籍すべき家の戸主に復籍拒絶をされたとき(旧民法741条・742条・750条)
家族が離籍されたとき(旧民法742条・749条・750条)
家族が残っている状態で絶家し、入るべき家が無くなったとき(旧民法764条)
日本国籍を持たない者が、新たに国籍を取得したとき(旧国籍法5条5・24条・26条)
無戸籍の父母の間の子が日本で生まれたとき(旧国籍法4条)
戸主でないものが爵位を授けられたとき(明治38年 戸主ニ非ザル者爵位ヲ授ケラレタル場合ニ関スル法律)
皇族が臣籍に降下されたとき(明治43年皇室令2号)

廃家
戸主が、婚姻や養子縁組などの理由により他の家に入るために、元の家を消滅させることをいう(旧民法762条)。ただし、一家創立によって戸主になった者は自由に廃家できたが、家督相続により戸主になった者が廃家する場合は裁判所の許可を必要とした。

絶家
戸主が死亡したことなどにより家督相続が開始されたにもかかわらず、家督相続人となる者がいないために、家が消滅することをいう(旧民法764条)。廃家が戸主の意志を元に行うのに対し、絶家は不可抗力により生じる。

廃止された理由等
戸主の権限は家の統率者としての権限であるため、同じ親族であり、親等が同じであったとしても、同じ家に属するか否かにより戸主による統率を受けるか否かが異なってくる。それに加え、家族の身分関係の変動(婚姻、養子縁組など)について戸主の同意を必要とするものがあったため、家族が家を去るか否かにつき戸主の意向に左右されることになる。これらの事情が、親族の権利関係が戸主の意思に左右される原因となる。

このように、家制度には家を統括する戸主の権限により家族の権利が犠牲にされる側面があったため、憲法24条等に反するとして、日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(昭和22年法律第74号)により、日本国憲法の施行日(1947年5月3日)に廃止された。ただし、牧野英一ら保守的な法学者の巻き返しもあり、「家族の扶養義務」などの形でその一部は存置されることとなった。

2009年04月05日

第一次性徴

第一次性徴(だいいちじせいちょう)とは、生殖腺や生殖器に直結する部分に見られる雌雄の違いのこと。本稿では主に人体のものについて記述。

第一次性徴の始まり [編集]
胎児の時から始まる。胎児の頃に第一次性徴による体の変化が起こり、男性であれば男性器が形成され、女性であれば女性器が形成される。

発達 [編集]
性器を除いて男女の差異があまりみられない。

第一次性徴の終わり [編集]
おおむね男性は11、12歳頃、女性は9、10歳頃に第一次性徴が終わり、第二次性徴・思春期が始まるが、個人差があり早い人で男性は9、10歳頃、女性は7、8歳頃から第二次性徴が始まる人もいれば、遅い人で男性は13 - 16歳頃、女性は11 - 15歳頃から第二次性徴が始まる人もいる。

しかし、これは目安であり、男女とも第一次性徴が終わる時期と第二次性徴が始まる時期には個人差がある。ちなみに、欧米人は日本人に比べて第一次性徴が終わる時期と第二次性徴が始まる時期が早い。

男性 [編集]
男性器の精巣の増大が緩やかな状態が男性の第一次性徴。精巣が急激に増大し始め、増大精巣の容量が4cc(ウズラの卵くらい)を超えると、男性の第二次性徴が始まる。外見上は陰嚢が増大し、赤みが帯びてくる事で第二次性徴が始まったことが分かる。

女性 [編集]
第一次性徴の男性と同じ胸の状態が女性の第一次性徴。乳房の成長が始まる「乳頭期」を迎えることで女性の第二次性徴が始まる。外見上は乳首(乳頭)が大きくなり始め、人によっては乳首・乳輪の引きつりや痛みで第二次性徴が始まったことが分かる。

メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

2009年03月21日

団体専用列車

団体専用列車(だんたいせんようれっしゃ・通称「団体列車」)とは、学校・企業・組合などといった特定集団(団体)が旅行する際に、一般客と乗る普通の旅客列車と別に仕立てて貸しきられた、列車・鉄道車両の総称名である。専用の列車が仕立てられるものについては、臨時列車の一種でもある。

団体列車は形態別に、以下のように分けられる。
レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン

一般の旅客列車の一部を貸し切るもの。比較的少人数である場合に使われる。新幹線などでは他の旅客との関係上、車両の末端から埋められていく事が多い。
一般の旅客列車に専用の車両を連結するもの。
専用の臨時列車を仕立てるもの。「団体専用臨時列車」の略で、「団臨」とも呼ばれる。ジョイフルトレインなどが使われる場合も多い。
かつて、国鉄では主に修学旅行用途として『団体専用車両』を保有していたが、現在のJRはジョイフルトレイン以外に特に専用車両を用意していない。 営業距離の長い近鉄は、以前から団体専用車両を保有し、現在も保有・運用している。 他の鉄道事業者でも、車両を貸し切って団体専用列車を仕立てる場合がある。

日本における主な団体列車 [編集]

修学旅行列車 [編集]
修学旅行の生徒・教師・添乗員の輸送を行うもの。昨今では少なくなっているが、かつては専用の車両・列車も多く設定され、更にはあらかじめ時刻が決められていた。定期列車に準ずる「ひので」・「きぼう」などといった「修学旅行集約輸送臨時列車」の設定も見られた。詳しくは修学旅行列車を参照。

甲子園輸送列車 [編集]
選抜高等学校野球大会(センバツ、春の甲子園)または全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)で、阪神甲子園球場へ向かう観客(多くは出場する高校周辺の駅などで、JR支社主催旅行の形で募集される)の輸送を行うもの。性格上、輸送客量が多くなるので専用列車が仕立てられる事が多い。「甲子園臨」と総称して呼ばれる。設備などの関係から行先は大阪駅がほとんどで、その場合には二次交通として阪神梅田駅から阪神線あるいは貸切バスで甲子園球場へ向かうことになる。ただ甲子園口駅(同駅から球場まではバスで10分、約2km程度)へ向かうものも少ないながら存在し、列車の折り返しに使用できるホームも同駅には存在する。

初詣客輸送列車 [編集]
各地の団体初詣客を、神社・仏閣などの最寄駅まで輸送するもの。このうち高尾山薬王院有喜寺への初詣客を高尾駅に輸送するものを「高尾臨」、成田山新勝寺への初詣客を成田駅に輸送するものを「成田臨」、鎌倉の鶴岡八幡宮などへの初詣客を鎌倉駅へ輸送するものを「鎌倉臨」と呼ぶ。専用列車の設定が多く、その使用車両にバラエティーがあるのが特色。やはりJR支社主催旅行の形で募集される。

なお、「成田臨」については、過去には京成電鉄でも不定期急行および特急として存在しており、現在でも東武鉄道が自社子会社である旅行代理店東武トラベルのツアーの形で、東武本線沿線から京成本線京成関屋駅に連絡する東武伊勢崎線牛田駅発着で運行されている。また、この列車に連絡する形で京成本線でも団体専用列車が運行される。

2009年03月06日

スプルーアンス級駆逐艦

スプルーアンス級駆逐艦 (Spruance class destroyer) は、アメリカ海軍の駆逐艦の艦級。

本級は、アメリカ海軍が保有していた駆逐艦。1975年より就役を開始し、冷戦の終結に至るまで、アメリカ海軍の戦闘群において対潜護衛を担う重要な戦闘艦として、一線で活躍した。また、冷戦の終結後の戦略環境の変化のなかにあって、搭載するトマホーク巡航ミサイルによる対地攻撃力が注目されて、従来の駆逐艦の枠をこえて攻勢的に用いられた。

第二次世界大戦から長く使用されていたアレン・M・サムナー級駆逐艦・ギアリング級駆逐艦の後継艦として、第二次大戦後初めて本格設計された。アメリカ海軍の大型水上戦闘艦としては初めてガスタービンエンジンを採用している。また、将来余裕を考慮した設計がおこなわれており、静粛性の追求もあって、搭載する武装に対して大きな艦型で知られている。その余裕を生かし、就役後にも様々な装備を追加搭載し、またキッド級ミサイル駆逐艦、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦などの派生型も建造された。

来歴
アメリカ海軍は、1959年より、シーホーク計画のもと、次世代の駆逐艦に関する基礎研究を開始した。これは、1965年以降において、さらなる進歩が予測されるソ連潜水艦に対抗しうる対潜駆逐艦を模索するもので、1970年代において旧式化の問題が予想されていた大戦型駆逐艦(アレン・M・サムナー級、ギアリング級など)の代替艦として建造される予定であった。

しかし1966年ごろ、シーホーク計画は中止を命ぜられ、かわって国防長官官房がDX/DXG構想を開始した。これは、重大さを増す航空脅威に対抗するため、大戦型駆逐艦の代替たる対潜駆逐艦DXとともに、その設計に基づいて艦隊防空システムを搭載した防空艦としてDXGを建造するという構想であった。計画では、1969年度から74年度の間にDXを75隻、DXGを18隻建造して、計画全体での合計コストは24億ドルとなる予定であった。その設計に当たっては、変化に応じる設計が標榜されており、また、コスト削減のため、一括調達方式が採用された。これは、海軍がコンセプト形成を行なって、これに対して最適な提案を行なった事業者に対して一括して契約するものである。

1967年末にはコンセプト形成はほぼ完了しており、1968年に、各造船所に対して、設計と建造計画の提示が求められた。これに応募したのは、ニューポート・ニューズ、エイボンデール造船所、バス鉄工所、トッド造船所、ジェネラル・ダイナミクス・クインシー、そしてリットン・インガルス (リットン・インダストリーズ、現ノースロップ・グラマン・シップ・システムズ)であったが、1970年、リットン・インダストリーズが勝者として、DX 30隻の建造を受注した。

船体
本級の最大の特徴は、ガスタービンエンジンの採用にある。この当時、アメリカの水上戦闘艦においては蒸気タービン推進が標準的に採用されており、海軍が検討していたシーホーク計画艦でも、当初は蒸気タービン推進の採用を念頭においていた。しかし、シーホーク計画の後期にはガスタービン推進が検討されるようになっており、より先進的なDX/DXG計画においては、当初よりガスタービンの採用がほぼ決定されていた。

その機種としてはゼネラル・エレクトリック LM2500が選定された。当初のリットン社案では、これを3基搭載し、巡航時には1基のみを稼動させて、これから電気カップリングを介して2軸を駆動するという複雑な方式が採用されていたが、海軍はこれに不安を抱き、最終的に、ガスタービン・エンジン4基によるCOGAG方式という穏当な構成に変更された。当初案のガスタービン3基で30ノットという速力を実現するためには全長の拡大が必要であり、もともと大型の船体はさらに大型化したと言われている。

量産効果をあげるため、本級の船体はブロック建造を可能にするため非常に単純なラインをしている。これにより建造のペースが上がり、6,000t以上の艦にも関わらず非常に速いペースで建造が進められていった。

本級は、一括調達方式の失敗によるコスト増もあり、搭載する装備に対して大きすぎる船体を有するとして、たびたび論争の的となってきた。本級は軽荷排水量5825トン、満載排水量7800トンであり、これは、「大型駆逐艦」であるはずの ベルナップ級嚮導ミサイル・フリゲート (DLG) よりも大型ですらあった。

しかし、実際には、本級の大型化にはいくつかの重要な根拠があった。

静粛化の徹底。対潜艦として設計された本級は、優れた対潜能力を具備するが、その一環として、自己放射雑音を局限まで削減している。そのために用いられた各種の緩衝装置などは、非常に大きな容積を必要とした。
将来発展余裕の確保。本級は、個艦防空ミサイル・システム (BPDMS)や近接武器システム (CIWS)など、設計時点で開発中だった各種の新装備の搭載を織り込んで設計されており、さらに、同一の設計でターター-D・システムを搭載したミサイル駆逐艦の建造も決定されていたため、その余裕を確保しておく必要があった。
また、現代の戦闘艦において、そのコストの大部分は搭載する戦闘システムが占めており、船体のコストはそれに比べると取るに足らないものであるので、コスト増にはつながらないとの反論もなされた。実際、本級の本級の調達費のうち、電子機器関連の経費のみで約半分を占めている。

装備
本級は、対潜戦闘用にアスロックとMk 32 短魚雷発射管、自衛対空戦闘用にシースパローIBPDMSおよび近接武器システムMk 15、対水上戦闘用にハープーン・システム、多目的ヘリコプター2機と、極めてバランスの取れた兵装を備えている。さらに、後には、対地攻撃用としてトマホーク武器システムも搭載した。

C4Iシステム
本級は、駆逐艦 (DD)としてはじめて海軍戦術情報システム (UYK-7コンピュータを使用)を搭載し、デジタル化された戦闘システムを備えている。システム設計にあたってはシステム工学的なアプローチがなされ、艦の戦闘システムを総体的に捉えて、各種の火器やセンサーをサブシステムとして戦術情報処理装置の周囲に集合させた円環状の構造を採用している。また、CICも統合化されている。これらは、バージニア級原子力ミサイル巡洋艦とともに、イージスシステム登場前夜にあって、統合戦闘システムの嚆矢となった。実際、本級の調達費のうち、電子機器関連の経費は約半分を占めるほどである。
チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

また、本級の一部は、後にSYQ-17 RAIDS (SSDS Mk 0)戦闘システムの搭載改修も受けた。これは、NATO共同開発のNAAWS構想から派生したもので、イージスシステムのコンセプトをそれ以外の艦にも導入するものである。

対潜戦闘システム
SQQ-89統合対潜システム (SQS-53ソナー, SQR-19 TACTASS, Mk 116 UBFCS)
本級の最大の特徴は、SQQ-89統合対潜システムの搭載にある。これは、先行してカリフォルニア級原子力ミサイル巡洋艦向けに開発されていたターター-Dシステムのコンセプトを対潜戦闘に導入したものと言え、それまではそれぞれが独立したシステムとして搭載されていた各種ソナーと水中攻撃指揮システムを統合し、自動化の推進によって対潜攻撃の迅速化を図るものであった。しかし、対潜戦闘を自動化する試みは極めて先進的なものであったため、SQQ-89の開発は遅延し、他の多くの装備と同様に、一番艦においては後日装備となった。

SQQ-89は、対潜センサーとして、SQS-53艦首装備ソナーとSQR-19曳航ソナー(TACTASS)を備えている。SQS-53は、SQS-26の改良型で、極めて強力な低周波ソナーであり、当初はSQS-53Bが使用されていたが、のちに強化されたSQS-53Cが採用された。SQR-19は、初期建造艦には追加装備の形で搭載されたもので、遠距離での敵潜水艦の探知を可能とした。

また、本システムは、新型のMk 116水中攻撃指揮装置 (UBFCS)を組み込んでいる。これは、ターター・システムで言えば射撃指揮装置と武器管制装置の機能を兼ね備えたもので、デジタル化され、SQQ-89のサブシステムとして統合されている。

さらに、LAMPS(#航空機を参照)が展開したソノブイからの情報は、AN/SQQ-28データリンク装置よりNTDSの戦術情報処理装置に入力されたのち、Mk 116に移管されるが、このSQQ-28も、SQQ-89のサブシステムとして統合されている。

水雷兵器 (アスロック, 短魚雷発射管)
本級は、艦固有の水雷兵器として、アスロックおよびMk 32 短魚雷発射管を装備する。これらの攻撃は、いずれもMk 116 UBFCSによって管制される。

建造時、本級はいずれも、アスロック用にMk 16 GMLSを備えていた。そのMk 112発射機は、従来と同様に艦橋前に配置されたが、次弾の装填装置は、従来は艦橋構造物下部に配置されていたのに対し、船体内に格納され、垂直に再装填することとなった。これは、DXGの建造に当たっては、本級でMk 16 GMLSを設置している位置に、ターター-D・システムのMk 26 GMLS(SM-1MR用)が配置されることになっており、そのスペースが確保されていたためである。

その後、本級のうちの24隻は、このスペースにMk 41VLSを設置し、ここから垂直発射型アスロック (VLA) を運用するように変更された。一方、トマホークの箱型発射機を搭載した艦では、Mk 112発射機の旋回範囲が極度に制限されることとなり、実用性が失われたことから、Mk 16 GMLSはのちに撤去された。

2009年02月14日

プリマ☆ステラ

陶山学園に通う主人公、榊晃輔は、世界大会に出場することを有望視された水泳選手。選考会が行われた夏休みのある日、通行人を庇って交通事故に遭い瀕死の重症を負ってしまう。そして事故から2ヶ月後、奇跡的に意識を取り戻し、医者も驚くほどの回復力で競技に復帰する。しかし2ヶ月のブランクと怪我の影響は大きく、再び世界を目指すには困難な状況に陥っていた。
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

そんな時、陶山学園の『お隣』のお嬢様学校、聖エトワール女学院から交換留学の誘いがくる。並の実業団でもないであろう規模の設備を、交換留学している期間中自由に使って良いというのだ。 本来、女生徒しか対象にならないエトワールとの交換学生制度だが、事故のとき庇ったエトワールの女生徒の取り計いにより特例が成されたのだ。主人公は「現状を打破するためには、自分が出来ることをやってみよう」と決意し、聖エトワール女学院に通うこととなる。

榊 晃輔(さかき こうすけ)
主人公。陶山学園2年生で水泳部に所属し、将来を有望視された200m個人メドレーの選手で得意泳法は自由形。「いずれは水泳で天下を取る」という目標に向かって突き進むひたむきな青年。謙虚な性格で、水泳以外のことではあまりくよくよしない。
留学中は、お嬢様学校であるエトワールの中でも選りすぐりのお嬢様が集まる光組に所属し、静歌や雅とクラスメイトになる。はじめの内はエトワール始まって以来初の男子生徒という事で周りから珍しげに見られていたが、ある事件をきっかけに「自分達もいつかはこういう人と巡り会いたい」と騎士様(ナイトさま)と呼ばれるようになり、羨望の的となった。
東方院 静歌(とうほういん しずか) 声:みる
本作のメインヒロイン。聖エトワール学院の2年光組に在籍。晃輔が事故から助けた人物である。晃輔の夢を奪ってしまったことに責任を感じ、両親を通じて彼を学院に迎えた張本人。絵に描いたような箱入り娘で、エトワールでは姫様が愛称となっている。自らを過小評価しがちで、周囲が姫様と呼ぶのも政財界の名門たる東方院の家柄のせいだと思い込んでいる。
苧島 久住(おのしま くすみ) 声:草柳順子
聖エトワール学院の3年月組に在籍。晃輔の従姉で晃輔からの呼称はくすねぇ。生徒意思統括組織星令会会長。普段は凛としていて他生徒から憧れられる存在だが、晃輔の前ではいわゆるダダ甘の地が出てしまい暴走する。幼い頃のトラウマが原因でカナヅチである。
高鷲 雅(たかす みやび) 声:まきいづみ
聖エトワール学院の2年光組に在籍。テニス部に所属。副業でタレントをしており、舞台にグラビアから歌までこなすマルチタレント、最近ブレイクした。実家はフランク・ロイヤルパレスホテルを経営している。クールな性格ながら人付き合いもよく、根が素直な静歌や巴をよくからかって遊んでいる。晃輔曰く実にお嬢様然としていて聖エトワール女学院を体現するような女の子。
日秀 巴(ひびり ともえ) 声:茶谷やすら
聖エトワール学院の1年花組に在籍。晃輔と同じ一般庶民の家柄だがテニスの特待生として奨学金をもらっている。非常に優秀なテニスプレイヤーだったが、ある事件が原因でラケットも握れないほどのスランプに陥っている。雅とは身の回りのお世話をするコンダクトの契りを交わしているため、学園にいる間は行動をともにしている。明るく素直な性格で、その仕草はたびたび「犬っぽい」と表現される。

サブキャラクター
桐島 悠(きりしま ゆう) 声:かわしまりの
聖エトワール学院の3年月組に在籍。星令会副会長で水泳部の部長でもあり、王子様と呼ばれている。得意泳法は平泳ぎ。ボーイッシュで面倒見が良く、女生徒達に人気がある。ルートによっては陶山学園に交換留学生としてやって来て、その日から全女生徒達の憧れの的となる。いつも久住と行動を共にしており、久住の泣きつかれ役でもある。実家は企業グループを経営しているが名称は不明。攻略対象ではないがクリア後のスペシャルエピソードではイベントシーンが用意されている。
小早川 美雪(こばやかわ みゆき) 声:深井晴花
聖エトワール学院のシスター。同時に学生寮長・クラス担任・神学教師・水泳部顧問を務め、晃輔が留学している間の管理責任者にもなる。広い視点から物事を観察していて、的確なアドバイスで生徒達を導く理想的な教育者である。悠と同じく攻略対象ではないが、クリア後のスペシャルエピソードではヒロイン達を抑えて最も多くのイベントシーンが用意されている。
古畑 海(ふるはた かい) 声:広野大地
陶山学園水泳部部長。3年生。成績優秀、イケメンでありベビーフェイスでもある。晃輔のことを考えてくれるよき心の持ち主。懐が深く、交換留学で陶山学園にやって来たヒロインにも特別扱いすることなく普通に接する。晃輔が「いずれ水泳で天下を取って、世界一になりたい」と発言した際にもただ一人笑わずに励ましてくれた。彼が"部長命令"を出すときは本当にそう思っている証拠。どんな大会でも部員に「勝て」とは言わないだけに、命令を下された時は重く感じるらしい。普段は温厚だが怒らせると怖いタイプ。
榊 周平(さかき しゅうへい)
晃輔の父親。剛胆な性格で暴走気味だが一般常識は人並みにある。暴走するたびに妻である早百合にボコボコにされている。雅の大ファンでありルートによっては見事な暴走っぷりを見せてくれる。
実は苧島家の出身だが放浪癖が原因(インドでカラリパヤットの修行中に)で勘当されている。苗字が榊なのは早百合との結婚の際、婿養子に入っているため。
「生涯現役」を地で行くスポーツ万能な運動能力を持ち、晃輔が水泳競技をはじめたのも、周平にひとつでも勝ちたくて得意な水泳で越えようとしたのがはじまりである。
榊 早百合(さかき さゆり)
晃輔の母親。しっかりした性格で夫である周平の暴走を鉄拳制裁で抑えている。勘当されて路頭に迷っていた周平を拾ったのがなれ初めだが、周平への愛は本物。
東方院 宗継(とうほういん ひろつぐ)
静歌の父親で東方院グループ総帥兼東方院貿易会長。周平とタメが張れるほどの筋肉と体格をもち、静歌ルートでは周平と意気投合を通り越して義兄弟の契りを交わした。紳士だが情に厚く親バカな面がある。静歌ルートと久住ルートでは、その一面が垣間見える。愛車はアウディ・S8
東方院 梢(とうほういん こずえ)
静歌の母親。晃輔曰く「静歌が大人っぽく、そして落ち着いた感じ」。
苧島 幸造(おのしま こうぞう)
久住の父親。戦前より続く図書出版界のビッグネーム、苧島書店グループの総帥。苧島グループは全国教育図書、教科書採用率20年連続第1位を誇ったものの、最近は経営が思わしくなく経営責任を問われている。晃輔の父、榊周平の兄。
苧島 睦美(おのしま むつみ)
久住の母親。
藤堂 俊司(とうどう しゅんじ)
苧島グループにおいて汚れ役を担う藤堂派の御曹司。その出自のせいか目的の為なら手段を選ばないタイプで、苧島家の追い落としと久住を狙って行動を起こす。人を人として扱わず、道具や玩具として扱う。最後は今までの後ろ暗いことが全て芋づる式に明るみになり逮捕される。
枡古 京子(ますふる きょうこ)
聖エトワール学園新聞部部長。記事になればそれで良いというようにゴシップ記事を出すため、一部の生徒に人気がある。晃輔の留学と静歌との仲をでっち上げに記事にした事が原因で事件が起こる。
北条 麗(ほうじょう うるは)
生徒意思統括組織「星令会」・風紀委員会代表員。久住を崇拝しており、過去に久住のファンの生徒と揉め事を起こした際に風紀委員会の力で追い込んだ事があるなど、久住と悠から注意視されている。晃輔が留学してきた事により、今まで凛としていた久住が変わってきている事を快く思っておらず、ある事を機に事件を起こす。
皆本 はやて
鳳院学園1年生。テニス部において1年生でレギュラーを務め、雑誌にも名前が載るほどの実力者。巴がスランプに陥る一因となった練習試合の対戦相手であり、その試合において巴を完膚無きまでに叩きのめしているが、その後に様々な選手と対戦しても巴ほどの相手はいなかったと、その実力を高く評価している。
風祭 結命
晃輔がエトワールに留学中、交換留学生として陶山学園に留学してきた女生徒。はじめの内は過剰に反応する全校男子生徒に対し怯えていたが、同じクラスの柏木幾都が熱心に面倒を見て護ってくれたのがきっかけで付き合うようになった。
柏木 幾都
陶山学園での晃輔のクラスメイトにして親友。普段は真面目で女に見向きもしない性格だが、交換留学生としてエトワールから留学してきた風祭結命が全校男子生徒の過剰な反応に怯えていたので、可哀相にと思い熱心に面倒を見ていた内に相思相愛となり、めでたくカップルになった。
藍沢
静歌ルートにて名前のみ登場。陶山学園での晃輔のクラス委員長で、静歌が陶山学園に交換留学生としてやってきた際に代わりにエトワールへ留学していった。元々お嬢様生活に憧れており、将来娘が出来たら絶対お嬢様に育ててみせると言っていた。

2009年01月28日

沙河会戦(さかかいせん)

沙河会戦(さかかいせん)は、ロシア陸軍が日本陸軍に対して行った反撃により始まった会戦。この戦い以降冬季に突入し、沙河の対陣と呼ばれる膠着状態に陥った。

会戦の契機はロシアがロシア満州軍をアレクセイ・クロパトキンのみの指揮下であったものを、グリッペンベルクとクロパトキンの二頭体制に移行させる決定をしたことである。この決定に不満のあるクロパトキンは日本陸軍を攻撃して威信を示そうとした。

10月9日にロシア軍の攻撃が始まり、それを日本陸軍が迎撃するという形で戦いが始まった。日本陸軍はロシア軍の攻撃を察知したのでロシア軍に対して効率的な防御を行うことができ、大きな損害を与えた。それから日本軍はロシア軍に対して攻撃を仕掛けたため、ロシア軍は沙河北岸に退却した。日本軍はさらに攻撃を行おうとするもロシア軍の反撃を受けて退いた。

満州軍は弾薬がつき、大本営は旅順攻囲戦を遂行するために優先して弾薬をそちらに送ったことと、冬季に突入して軍隊行動が困難となったことから満州軍は塹壕で次なる攻勢機会を待つこととなった。

なお、この会戦に於いて特筆するべき存在としては梅沢道治少将率いる近衛後備混成旅団(俗に言う「花の梅沢旅団」)がいる。近衛後備混成旅団は後備兵(予備役)の兵士たちによって構成された二級部隊ながら、梅沢の卓越した指揮下、最前線に於いて精鋭部隊に劣らぬ猛烈な奮戦を見せ、勝機の一端をも担う活躍を見せた
イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア

遼陽会戦(りょうようかいせん)は、日本とロシアが満州、朝鮮半島などの権益を巡り、1904年(日本元号で明治37年)に勃発した日露戦争における会戦。同年8月24日から9月4日まで行われた。両軍の主力がはじめて衝突した戦いで、ロシア軍は15万8000の兵を展開して防御網を展開し、日本軍は12万5000の兵で、計28万の兵が衝突。鴨緑江会戦と並び、日本軍にとってははじめて近代陸軍を相手にした本格的会戦であった。

背景
遼陽は中国東北部、遼寧省の都市で、当時は人口6万のハルビンに次ぐ南満州の戦略的拠点。地理的には平野で、旅順からハルビンへ至る東清鉄道が走る交通の要衝でもあった。

日本の参謀本部では、川上操六、児玉源太郎らが対露戦略を構想していた。日本軍はロシア軍がシベリア鉄道などを利用して兵力を輸送してくる以前に積極的に朝鮮半島に進出し、ロシアの主力軍が集中する以前に、短期決戦で同地を確保する作戦を立案。満州へ向かう主力戦と、ウラジオストックへ向かうウスリー支作戦による分進合撃を構想し、遼陽は奉天、海城、鉄嶺らとともに進撃目標の1つとされた。

ロシア側でも開戦以前から基本戦略が存在し、本国から兵力を輸送して遼陽付近を第一線に兵力を集中させ、ハルビンを退路に本国からの増援を待ちつつ攻勢する作戦を構想。開戦直前には陸軍大臣のアレクセイ・クロパトキンが満州軍総司令官として赴任する。

1904年2月9日、日露戦争が開戦。日本側は第12師団の仁川上陸(朝鮮への威圧的上陸)、旅順港を封鎖しての黄海の制海権確保に成功し、遼東半島からの上陸が可能になった。第三軍(乃木希典)が旅順攻略を担当し、基本戦略通りの分進作戦を実施し、第一軍(黒木為楨)が朝鮮半島の大同江に上陸して5月1日に鴨緑江会戦を経た後に北上。第二軍(奥保鞏)は5月5日遼東半島の塩大澳に上陸、旅順要塞孤立化のための南山攻略を行った後に大連を占領、5月30日東清鉄道に沿って北進し、得利寺、大石橋などでロシア軍と戦闘を繰り返しつつ北進する。第四軍(独立第10師団と呼ばれていたが、後に第5師団を加えて軍に編成、野津道貫中将指揮)は中間地点の大弧山から上陸し、遼陽を目指す進撃を開始、柝木城を攻略し、遼陽を包囲した。

日本側の制海権確保でロシア側は基本戦略を変更し、クロパトキンは兵力を直接遼陽へ集結させ、日本軍第一軍が迫る国境地帯の鴨緑江へも展開する。また、このほかに旅順救出の部隊を編成し、兵力を出すも現場指揮官の戦意が乏しかったため、日本軍第二軍の兵力の見誤りからに遼陽に引き揚げてしまう。

経過
日本軍は8月にほぼ遼陽に集結し、東から第一、第四、第二軍を展開。第一軍が太子江を渡河して東を迂回し、ロシア軍を側撃する作戦を計画だった。8月3日秋山好古少将率いる騎兵第1旅団(習志野)は、敵情の偵察を行うように命じられ、遼陽会戦前まで敵情の偵察任務に赴いた。この秋山少将率いる部隊は騎兵第1旅団を中心とし、そのほかに歩兵第38連隊(伏見)、野砲兵第14連隊、騎砲兵中隊、工兵第4大隊第3中隊の複合型集団を構成しており、秋山支隊と呼ばれた。

8月26日、第一軍は紅沙嶺へ進攻し、同日午後には弓張嶺において第二師団が白兵での夜襲を敢行し、ロシア軍を駆逐し、第一線陣地であった同地を撤退させる。第二軍も8月25日に進撃し、ロシア軍を後退させる。28日には満州軍総司令部は第二軍に標高209メートルの制高地でもある首山堡陣地の攻略を命じ、30日には陣地への攻撃を開始するが、戦況は行き詰る。30日深夜には第一軍が連刀湾から太子江を渡河して遼陽を迂回し、梅澤旅団とともにロシア軍第二陣地を攻撃。ロシア側は第一軍の側撃を予期していたものの偵察の不備もあり日本軍の行動を捕捉できず、各軍団からの増派部隊で応戦した。第一軍は饅頭山を確保し、主力戦ではロシア側の兵力抽出の影響もあり、9月1日には首山堡を確保する。

9月4日、クロパトキンは退路の遮断を恐れ、全線に奉天への撤退を指令した。日本側は兵力消耗や連戦の疲労もあり追撃は行われなかった。

影響
日本軍は、ハルビン攻略が望めなくなったことから、基本戦略の変更を余儀なくされた。遼陽会戦は日本軍の遼陽入城に終わったが、クロパトキンは戦略的後退であると主張し、両軍が勝利宣言を行う。死傷者は日本側が2万3500、ロシア側が2万あまりで、両軍あわせて4万人以上にのぼった。

日本軍では、8月31日に遼陽会戦の首山堡争奪において、橘周太少佐が戦死し、海軍における旅順口閉塞作戦において戦死した広瀬武夫少佐とならび、戦後に軍神とされた。